原文:The beggar and the thief(1915年)
明るくにぎやかな大通りを、人々が行ったり来たりしている。香水のにおいをさせて、服装も立派で、ときどき人を見下すようなことを言いながら。
壁ぎわには、乞食が体を寄せて立っていて、前に手を出している。くちびるは震え、お願いの言葉をつぶやいている。
「貧しい者に恵みを……神さまのために!」
たまに誰かが、小銭を乞食の手に落としていく。すると乞食はすぐにそれをポケットに入れ、相手に対して、大げさなお礼やほめ言葉を口にする。
そんなとき、泥棒が通りかかる。乞食のお願いを避けられず、泥棒はにらむようにして立ち止まる。乞食はそれに腹を立て、顔を赤くして言う。
「恥ずかしくないのか、お前みたいな悪党が!
俺みたいに正直に生きてる人間と、よく顔を合わせられるな。俺は法律を守ってる。人様のポケットに手なんて入れない。夜中にこっそり家に忍びこむことなんかしない。堂々と道を歩けるし、警察を見ても逃げない。金持ちは俺をよく思ってくれてる。帽子にお金を入れながら、肩をたたいて『いい人だね』なんて言ってくれるんだ。」
泥棒は帽子を深くかぶり、吐きそうなふりをして、まわりを見回しながら言い返した。
「俺があんたなんかの前で恥ずかしがると思ってるのか?くだらない乞食め!
あんたが“立派”だって? ひざまずいて骨を投げられるのを待ってるような人間が、“立派”だなんて言えるかよ。
俺が立派かどうかはわからない。でも、少なくとも、金持ちにお願いして、ちょっとだけ分けてもらおうなんて考えたことはない。
法律を破ってるのは、たしかに俺だ。でも法律と正しさは別のものだ。
俺が破るのは、金持ちが自分のために作った法律だ。そしてそれを破ることは、むしろ正しいことなんだ。なぜなら、その法律は金持ちが貧乏人から奪うのをゆるしているからだ。
だから俺が金持ちから取り返すのは、もともと俺たちのものなんだよ。
金持ちは、あんたがへりくだってるから安心していられる。自分たちが奪ったものを、あんたが文句も言わずに受け入れてくれるからね。
金持ちが願ってるのは、すべての貧乏人が“乞食みたいな心”を持つことなんだ。
もしあんたがほんとうに“人間”なら、パンのかけらを投げてくるその手に、噛みついてやるべきだ。
……俺は、あんたなんか軽蔑してる!」
そう言って、泥棒は地面につばを吐き、人ごみの中に消えていった。
乞食は空を見上げて、うめくようにまたつぶやいた。
「貧しい者に恵みを……神さまのために!」